連句

本当は3人以上でやるものなんだけど
今回は二人。

春うらら、虫だってぞろぞろ這い出すってときなのに
諸般の事情で毎日職場と家の往復のみ

世間の春に背を向けて
久しぶりにビシバシ、言葉とイメージの旅に出ようって寸法です

ではでは、ここのレスではじめます
数少ないお友達の皆様、ここへのレスはしばらくお待ちくださいませ。d0037379_17133052.jpg
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# by kokichi50 | 2006-03-15 17:13 | 俳句的空想

入試問題

某高校の入試問題、どこだろうねぇこんな問題出すの。

「引用:(北村太郎の詩だね)

部屋に入って 少したって
レモンがあるのに
気付く 痛みがあって
やがて傷を見つける それは
おそろしいことだ 時間は
どの部分も遅れている

何が「おそろしいこと」なのですか?あなたの思うところを書きなさい。」



連日惨敗でしょんぼりしているうちの浪人に「高校入試だってよぉ」と見せてやりました。

《彼の解答》
部屋に入って「香りがあって」レモンに気づく。
痛みがあって傷に気づく。
感覚とその実体の認識とにはいつも時間の遅れがある。
その「時間の遅れ」に気づいて、ではその「時間の遅れ」の実体とは何か。それを認識することはおそろしい。

なぜか湧くいらだち、わけのわからない不安、それらはすべてこの感覚と実体の認識との遅れ、誤差の中にある。それらを序奏として出てくる実体は、レモンでも傷でもなく目をそらす事のできない自己というものではないか。(270字ぐらい)

300字解答だとちょっと不足だそうです。(すぐ字数数えるのは浪人の習性)

前段はこんなものでしょうが、後段は試験解答としては踏み込みすぎか?
この詩は重層構造になっていて、レモンと傷で「時間の遅れ」に気づく、このもう一つの「気づき」がおそろしいわけです。
感覚と実態の認識がずれていることを知れば、感覚の後ろから遅れてやってくる実体(レモンや傷のように)に身構えずにはいられない。でもなぁ、それを自己と既定出来るかどうか。

「どの部分も」ここがキーワードではないでしょうか。
彼の解答はここを読み飛ばしていて、これは「人生のどの部分も」だと読めるから、感覚の後ろから来るのは自己だけではなく予期せぬ実体すべて。
影と形のようにどの部分もずれている。ではどちらが形でどちらが影なのか。レモンの本質が香りであり傷の本質は痛みであるともいえるのだから、このあたりまで、シュールに読んでみるのも面白い。
(うしろで当人がぶつぶつ言ってるけどここには書きません・・ふん、ははの勝ちじゃ)


この詩、俳句的、俳句でいうと「ほそみ」の詩です。
香りで気づく、痛みで気づく、そのわずかなステップに時間の遅れを発見し、実体と感覚との空間を凝視したら向こうに「すべてのもの」を見た。俳句だとこの「おそろしい」はいわないんですよね。
それを言ってしまうかどうかが、現代詩と自由律俳句の決定的な差かもしれない。


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# by kokichi50 | 2006-02-18 00:24 | 俳句的空想

「書の至宝」展

友人が見にいったというブログにコメント。

あたしも先週見に行きました。
あまり難しい事はわからないんだけど、定家の更級日記が気に入りました。
鑑賞のために制作された書ではなく、あれは自らのために写本として写したものなのでしょうか。(サイズが小さいですものね)踊るような字を見ていると定家が更級日記に興奮しているようで面白かったです。歌の部分なんかほんと一息で書いてるのよね。
活字のなかった時代、写本って当たり前だけど、本当に大事に思った本を感動しながら写したんだなぁって。

ところで文字を鑑賞するってヨーロッパにもあるんですか?あれは漢字の国だけ?

(ヨーロッパには無いとお返事があって・・・ちなみに彼は翻訳家)

なるほど、「書かれた言葉は、話し言葉が写されたものとして一段低く考えられていた」・・うーむ確かに神託は声ですね。

とすれば、文字を鑑賞するという文化は表意文字である漢字の文化と結びついているのかしら。
表意文字はそれぞれに意味があり、意味ごとに形があるから、そこから読みやすさだけでなく形の評価へと進むのは自然な流れのようにも思えます。
日本では古くから言葉に「言霊」を感じますよね。
いっこいっこの言葉に霊的な力があって、声に出す事で実現するってやつ。
漢字にも「文字霊」ってのがあるみたいに思うことがあります。凧に「龍」って書くみたいに。あれ文字でも龍みたいに天に昇れって意味になる。ひらがなで「りゅう」って書いてもこうはいかない・・・なんぞと空想は広がっております。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

言葉の力と文字の力が一体化するのは、表意文字の特徴かもしれん。
ばか バカ 馬鹿 ・・みんな違う、(後ろほどハラがたつ)

この間墓参りにいったら、このごろの流行なんだろうか、墓に「和」とか「心」とか一字だけ彫ってあるのがいくつか、あれも漢字の「文字霊」的使い方だろう。「わ」や「ココロ」では、テレビのバラエティ番組になってしまう、でもって寝心地が悪そう。
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# by kokichi50 | 2006-01-31 22:42 | 近隣のみなさま

ダイガクにいくなら

センター試験も終わり入試の季節も本格化している。
日本経済も上昇基調だそうで、今年の受験生は卒業式の日にあしたから失業という憂き目は少ないかもしれない。
自慢じゃないがン十年前、あたしの出た私立の文学部では、学科75名の卒業生のうち、この、「明日から失業者」ってのが50人いた。ホントである。

しかし本人たちはあんまり暗くなかったと思う。少なくとも今のように就職が人生の重大事であるという認識が京都という町の文学部にはなかった。

先生方は断腸の思いだったとは思う。卒業式の訓示は印象に残っている。
「10年がまんしろ」ということだった。
先生が卒業した昭和20年代も不況だった。どこへという当てもなく世間に放り出された。しかし10年後、見回せばそれぞれの、それぞれらしい職業に就き、それぞれ世間を渡っていた。「10年です、君たち」

10年後我々の学年はバブルに遭遇し、たしかにそのへんでなんとか収まっていったように思う。あのとき失業していた大半は、新卒が好景気の企業に流れるスキマをねらって教員になった。いま同期に教師が40人以上いる、みんなアホ仲間。近畿を中心に全国にちらばって、アホの再生産にはげんでいるそうな。同窓会は生徒には見せられない惨状となる。

まぁ、彼らは大学がメシの種になってはいる。

でも、あたしは手に職をつけるために大学へいくなら、やめなさいとおもう。
即戦力なんて、姑息な資本の陰謀。即戦力とは使い捨ての別名だという事に気が付かねばいけない。それが見えるのが教養という。

学問で食べる事はできない、でも、食べられない時に学問は助けてくれる。人生に追い詰められた時、助けてくれるのは自己の持つ客観性と相対的な判断力だけである。自己の立場を正確に判断できれば道は開ける。それなくして解決はどんな問題にもありえない。

相対的なものの見方、客観的な判断、思考の多様性、構築された論旨の力といいかげんさ。自分への信頼と懐疑。つまりは自分と他人は違うもので、違う価値観をもち、多様である事、また、すべての多様さは時間の中で相互に影響しあい流れを作って変化するということ。そしてその傍証。それを揺るがない形で身に付けることを学問という。

皮膚感覚で学んだものは皮膚感覚で覆される。
構築された論旨によって真理として納得したものは、環境によって覆される事はない。学問として身に付けた物だけが環境によって変化せず残る。それをどれだけ手に入れられるかが学問の目的だと思う。
教養は金にならない。お金にならないから教養といい究極の贅沢として扱われる。
大学教育とは人生の贅沢でなくてはならない。

これらは、説教されて身に付くものではない。一つ一つの具体例としての学問の系統に必死で翻弄される中で、やってみればおんなじじゃないの・・と納得するしかない。

このセブンアーツの思想は今、日本の大学の中で風前の灯となっている。
しかし、企業が要求する人材は企業が作ればいい。
大学では「金にならない学問」を必死でやるべき。それは本当に人生最後のチャンスなんだから。

「お金になる知識」は会社に教えてもらえばいい。使える知識を持った「即戦力」しか要らないという会社は近づかないほうがいい。「即戦力」は「使い捨て」と同じ意味でしかないんだから・・・と初めに戻る。
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# by kokichi50 | 2006-01-25 00:25 | 近隣のみなさま

新年

消し残るメモの文字あり去年今年

 寄り添えば家族めきたる二日かな

 あごと鼻受け継ぐものら初写真

 五十肩読書初めはサザエさん

 昭和史のなまなましくて濁り酒

 初芝居のテレビちらちら薄ら酔い

 連獅子は画面の幅で二日かな

 初泣きもとどこおりなく母眠る

 天上大風会いたき人の幾たりか

 娘持たず百人一首黙読す
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# by kokichi50 | 2006-01-09 23:59 | 俳句的空想

質問

ある方から猫好きの方へと某掲示板に質問

池波正太郎さんのエッセイから
「・・・感心するのは、いざ、死の期を迎えたときの彼らの、いずれもが立派であることだ。」
これってどう立派なんですか?

でもってお答え

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静かに去っていくといわれています。
飼い主の前で正座してしばらく飼い主の顔をじっと見つめてそれからどこへともなく出て行ってもう帰ってこない。
これが、正統派猫の最後です。
その時抱いてやると、首から下がとっても冷たくてどうしたのだろうと思った。それはよく聞きます。

このごろのようにうちの中に閉じ込めて飼っていると、どこかに立ち去るという事はできません。でも正座して飼い主を見つめる。それから家の中の暗いところにじっと丸くなる。
うちに前に飼っていた猫は、病気でわずか1年半で亡くなりました。獣医さんでもう現代医学の粋というか人間並みの治療をしてもらいましたがだめでした。(猫の輸血とかインターフェロンとか・・)それでも亡くなる前の日入院先の獣医さんの所からつれて帰ってきたら、ふらふらして1メートルぐらいしか歩けないのに、部屋の隅に行こうとしました。抱いてやるとかををじっと見つめていました。
普通猫はどんな猫でも人間の顔を見つめることはありません。人間のほうが猫の目を見つめると必ず目をそらします。だからそれはほんとうに最初で最後の経験でした。
お礼を言ってそっと一人になってその時を待つ。
1歳半の猫でも生きて死ぬ時の礼儀は知っていたようです。

村松友視の「アブサン物語」には20年以上村松家で飼われていたアブサンという猫の最期の様子が印象深く書かれています。
人間の年なら100歳以上、もう動かないで何日も寝たままのアブサンが最期に狛犬のようにすっくりと座って、じーっと村松さんを見つめやがて崩れるように眠ったそうです。「負けた」と村松さんは書いています。
アブサンは小説家の家に飼われていた有名な猫、でも日比谷公園で子猫の時に拾われたトラ猫なんだけど、大事にされ20年以上も生きたけど、普通の家の普通の猫でも死ぬ時はみんなおなじ、飼い主にプレゼントのように何かを教えて行ってくれるようです。
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# by kokichi50 | 2006-01-09 23:55 | お猫さま

どうぞご無事で

今年もあと15分
どうやら無事に年が越せそうです

一年の無事を喜び、無事の年越しに安堵し、来年の無事を祈る
何もないことを喜ぶってどういうことなんでしょうね
「こんにちは」今日ここであなたとお会いできた事は・・
「さようなら」分かれると事が前世からの縁で決まっているのであるならば そのような縁であるならば
「ご無事で」波立つ事のない静かな流れでありますように

一貫してますね、日本人。
人の世は浮きつ沈みつぷかぷかと流されるものだと見定めて、景色眺めてやっていこうってことかもしれません。

うちも例年通り、無事おせちが出来上がりました。今年も氷見からブリが届いてます。

皆様もどうぞご無事で良い年をおむかえくださいませ。


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# by kokichi50 | 2005-12-31 23:47 | 近隣のみなさま

今年もクリスマスだぁ

いちおうカトリックのうちだからこの行事ははずせない。
24日の午後6時からクリスマスの時間が始まるというキマリがあるのでその辺までに料理完了。
年末大掃除もさぼっていつものようにオーブンの前でがんばる。
もう大きなツリーは出さないけど(うちには2メートルの模造もみの木がある)馬小屋とローソクで準備完了。
お祈りしないと食べられない年に一度のゆうごはん。
参加者4名、「ケーキは食いにくいから何も乗せないで」などと食欲優先のクリスマスが始まる。
子供の小さいころはここで、聖書の「マタイによる聖福音」なんて読んだんだけど、もう誰も相手にしてくれないので(だからぁそれは去年聞いたってばぁ・・)とりあえずワインに流れる。
45分で完食ののち、今日は「ローマの休日」
数えられないほど見てるくせに、ヘップバーンに見とれてケーキ落っことすやつがいる。最後に雑巾出てくるのもなんかクリスマスのお約束。

ミサは25日の朝ということにして皿洗いにかかる。

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# by kokichi50 | 2005-12-25 21:25 | 近隣のみなさま

冬の猫

猫が置物化している。
ソファーのクッションの間にかまくら風の空洞を作り、うずくまる。鼻だけ出して静止。

3時間後 おんなじ・・・
6時間後・・・ほぼおんなじ・・・

猫には猫の時間が流れているんだろうか
「ゾウの時間 ネズミの時間」という本があって(これは推薦)生き物が一生の間に打つ鼓動は同じ数だという、ネズミはゾウの何十分の一しか生きないけど、そのかわり何十倍ものスピードで心臓が動いている。

時の流れは物理的に一定だと思っていたけど、時間の感覚はそうではないのかもしれない。
ネズミの周囲では飛ぶような速さで世界が動き、昼と夜は人間の四季のように過ぎていく。人間は夏の恋を秋に失うけど、ネズミは昼の恋を夕方に失う。
そうおもえば、時間はとても個人的なものかもしれない。
同じように物理的に一定であるはずの温度が、人によって感じ方が違うように。

このあいだの香港は23度、観光客はあたしを含めTシャツだったけど、地元の人たちは、セーターとブーツ。12月の装いだった。
ショーウインドーには毛皮のコート。「いつ着るのよぉ」と思うけど、考えてみれば、東京だっておんなじ。
ロンドンから来た人が、「いっぱい売ってるけど東京の人はいつ毛皮のコートを着るの」って聞いてた事がある。
冬に決まってる。日本人には日本の冬は寒いのよ。」

猫は四季に年を取るという
一つの部屋の中で、あたしの時間と猫の時間が別の速さで流れている。違う時間を生きるもの同志がすれ違う、つかの間の冬の日である。

今日は冬至。
時間と温度、四季と一年、
人間が計ることを知った時から時間は始まり、記録する事を知った時から歴史は始まった。
計られる事も記録される事もない猫の時間が人間の時間と違うのは当然なのかもしれない。

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# by kokichi50 | 2005-12-23 00:31 | 近隣のみなさま

冷蔵庫と香港

冷蔵庫の掃除の最中にとつぜんいやになってこれを書き始める。
危険な兆候である。
家族はそれぞれ来春からの身の処遇に悲喜こもごもの感慨を持ち、目は彼方に、彼らにとって家庭は仮定の存在と化している。
ここより始めここにとどまるしかないわが身は「どっちコロンだってたいして変わんないんじゃないのぉ」という予感の中で年末闘争(まぁ大掃除さ)に突入しようとしている。

冷蔵庫掃除は貝塚の発掘状態。半分のこったスキヤキのたれ4本、スキヤキは四回あったということか。・・・以下略
お中元でもらったとおぼしきビーフジャーキー、けち臭く半分残して発掘。今度からがまんしないでいっぺんに全部食べよう・・縄文人はゴミ捨て場に自らの歴史を刻んだけど家族の現代史は冷蔵されているんだろうな。

先週は香港にいってました。
ほぼ3キロ四方にすっぽり収まる香港の市街地は信号一つづつ見事に階層化している。
世界で一番人口密度が高いといわれる下町旺角からその北の職人街太子道(エドワードストリート)にかけては、小鳥や、洗濯や、花や、金魚や、の街が連なる。それぞれが300メートルぐらい小鳥街なんて100メートルか、でも集まってる。
その南に問屋街があり、観光客の街があり、海峡を渡れば金融街がある。全部で3キロ。
下町の市場では豚肉は600グラム(一斤)50円、おいしい麺が150円から。200円の朝ごはんは麺か粥にお肉のおかずと濃いミルクティーか豆乳が付く。
30分するとオフィス街、昼ごはんは300円麺とおかずが3皿。
さらに30分南下、海の近くのペニンシュラホテルで3時のお茶をするとひとり3000円
特別な値段ではない、そのあたりの相場。ペニンシュラのお茶はすばらしいけどそのあたりのホテルはだいたいそんな値段。

旺角からペニンシュラまで直線で2キロ。
あたしは、旺角の市場でコットンのパンツと購入。
一枚35セント3枚10ドル(香港ドル)というのを1ダース35ドルに4ダース100ドルに、交渉の結果48枚1500円一枚30円ということになる。一生分あるな。
「香港で何かって来るの?」「一生分のパンツでも買うか」
冗談がホントになって、でも品物はすごくしっかりしてる。
日本では100円ショップじゃちょっと無理だろうというレベル。

パンツ屋のおばさんと別れて考える。
あのおばさんはきっと一生2キロ先のペニンシュラに入ることはないだろう、ペニンシュラで風景に溶け込んでお茶してる香港マダムはふつうなら、一生旺角の路地の屋台店に出向く事はないだろう。お金だけではない、この狭い地域の住み分けのキマリとはそういうものだとおもう。

旅人というのは不思議なもので、崖の地層のように重なった、色も質もちがう場所をまっすぐに通り抜けてしまう。
旅人だから許される、そこで生活する人にとって旅人は無いもの、透明人間みたいなものなのだ。
社会は階層と分業で組み立てられている。その外へ出た人を旅人という。
旅人と我が名呼ばれん初しぐれ、と詠んだプロの旅人はそれを知っていたんだろうな、「蓑まとい透明人間になる冬の朝」なのね。

社会階層からはみ出た人をかぶきものといい、彼らも旅の中で透明になることで許されてきた。

35円のパンツを買い、3000円のハイヌーンティを味わうためにくるぶしの埋まるようなカーペットにずかずかとスニーカーで乗り込むあたしも3泊4日の透明人間。

ウチに帰ると社会の構成員として、たとえ家族にとってややバーチャル化してる家庭だとしても、ここにある冷蔵庫の発掘をする一員となる。

旅行というものは、自分の持ち場を確認するという意味もちょっとだけあって、そのあとの長い考える時間をもつものらしい。


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# by kokichi50 | 2005-12-11 22:54 | 近隣のみなさま

ひさしぶり旅行

d0037379_16412788.jpg純粋の遊びに特化した2泊以上の旅行は15年ぶり(ホント)
晴天の成田をとびたってすぐ。
うれしくて、ヒコーキの窓に張り付いていました。

いわし雲は東シナ海。
日本では季節は終わったけど南下して追いついてしまったようです。
上から見るとさざなみのよう、鰯はこの下にいるのでしょう。

気流の流れにきれいに雲が並んで海に影を落としています
これは相模湾。
こんなにお天気がいいと気流が白い墨流しのようです。
大阪にはしょっちゅう飛ぶのですがこの光景は初めてでした。

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# by kokichi50 | 2005-12-10 16:42 | 近隣のみなさま

北の海のカラス貝

d0037379_1174641.jpgムール貝なんてしゃれた名前で呼ばれるそうだ。
しかし、断じて、これはカラス貝である。
幼い日、大阪湾の潮が出入りする木津川河口、砂利船のフワフワと繋がれた杭のあたり、びっしりと木がささくれ立ったように付いていたあのカラス貝。

魚屋で再会するとはねぇ。これは北の海、秋田県産。

じつは20年ほど前、フランスはパリのレストランでジャンコクトーのイラストに飾られた大きなメニュー。(女性用には値段が無いの)
Mussel・・なんだろこれ。ギャルソンはなんかわからんことをニタニタ繰り返しながら指差すのよね。お店の名前は「地中海」(フランス語わからんとにかくそういう意味)じゃぁ海産物なんだろうと御指名。

もう日本でも有名なあのバケツがやってきた。
でもって、バケツの中はカラス貝。「ああ、三軒家(大阪海沿いの下町地名)のおばちゃん元気かなぁ・・」遠い目・・
おもわず、浮かぶのは見たこともない地中海じゃなくて、大正橋のはしけとガスタンク。

貝殻をはさみにして両手で食べる。中身がオレンジ色とは知らなかった。まぁ貝だからそんな味だけど、はまぐりなんかに比べて泣きたいほど大味。けっこうおなかに溜まる。
でもって、食べても食べてもなくならない。

サラドニソワーズ、ブイヤベース、食べましたよ2時間かかって、デザートはチョコレートムース。これもどんぶり入り。

若かった、値段つきのメニュー見てくれた人の手前もあって根性で食べた。(カラス貝以外のメニューはおいしかった)

もう一度食べてみようと思うのに20年かかったのである。

前に食べたのはほんとにそのへんにあるような小さなヤツ。親指ぐらいだったと思うんだけど、魚屋にあったのは手のひらぐらいのデガバージョン。とりあえずワインで蒸して出てきたおつゆにバターとかしてソースに。
三つ食べたらおなかいっぱい。あたしはハマグリのほうがいい。
ただしお値段は格安。
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# by kokichi50 | 2005-11-29 01:18 | 近隣のみなさま

下総中山

東山蝦夷のちいさな記念館がアトリエのあった市川中山にできたということで、魁夷の好きな隣人とでかける。

下総中山は日蓮宗法華経寺の門前町。
細い参道に古い町並みがごちゃごちゃと寂れている。
寅さんこっちでもよかったのよねぇ、ブームの前の葛飾柴又もこんなところだっただろう。
松竹の誘致ができなかったこちらは、ナニゴトもなく静かに下総の田舎町が眠っている。

看板建築というらしい。大正から昭和のはじめにかけて、流行した屋号をモルタルでいきなり正面の壁に書いてしまった店舗建築。小さな写真館があった。
中二階のあるそばや、ペンキ塗りの靴箱のような珈琲豆の店。
その向いに黄色いペンキがはげてしまったこれも看板建築のおもちゃやさん。
どれも、店主が老人であることが特徴。

周辺は小さなお庭のある新興住宅とマンションに侵食され、中山丘陵の松はほとんど見えなくなっています。

でも法華経寺は名刹でものすごく広い。
五重塔や御絵堂は重文。こんなとこにこんなものがあってもいいのかというようなお寺。
鎌倉にあれば観光名所としてさぞや有名になったのに、千葉の不運を思わずにはいられません。
桜の名所とか、今は桜紅葉でそれもきれいだったけど、花のころに句会なんかいいだろうなとおもいつつ、門前の店でおいしい十割そばをいただきました。

この店おいしいんだけど、椅子がどうにかなっていて座るとどすんとお尻が落ち込みます。中腰でもりをたぐりつつ門前町の静かな老後に思いをはせた休日でした。


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# by kokichi50 | 2005-11-24 00:12 | 近隣のみなさま

浅草-2

初夏、汗ばみながら歩いた浅草の句

白き日やここは素顔の多い街

手ぬぐいは折った色目のよい方を

てぬぐい屋さぞやさぞやの役者顔

帽子屋と下駄屋並んで夏真昼

よいときもあった六区の夕月夜

洋菓子と言う名のケーキ アイスティー

鳴る椅子をウエートレスの白ソックス

ごきげんの父をさがしぬ神谷バー

電気ブラン洋酒は甘きころありき

夏の宵三つの琥珀のみ比べ

         四年前の句 ほとんどはじめての俳句だったなぁ
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# by kokichi50 | 2005-11-18 00:33 | 俳句的空想

浅草で風邪を拾うて暮れ易し  

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所用で浅草
いくたびに寂れて行く伝通院通り
観音様だけは人が多いのだが平日ともなると、ちょっと雨模様の11月ともなると、裏はもう眠ったように静か。
人を案内して隅田川にもう寒くて寒くて桜橋を首をすくめて歩く。
連れて行かれたほうも迷惑だっただろう、相手のご希望ではあったのだが。
吾妻橋にもどって、松屋の前を渡ろうとして気が付いた。
こんなものあったのかしら。タイムスリップしてしまったような地下鉄の出口。
昭和30年代の浅草が道路の安全地帯の中央に忘れられていた。
崩れそうな階段を恐る恐る覗くと人が上がってきた。
「行ってみよう」同行者もあたしのトモダチなんだからもちろん見のがさない。
10段ほどの階段をおりるとつんのめりそうな距離に立ち食いそばのカウンター。カニさん歩きでそばすすっている人の後ろを抜けると5メートル先は銀座線の改札口。「あらこんなとこに出るんだ」
この50年この一角だけ時間が止まっていたような不思議な場所、今度いったら消えているかもしれない。
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# by kokichi50 | 2005-11-16 01:46 | 俳句的空想